
今回は、小さい頃に海外で暮らしていたハリーさんに、「当時困っていたこと」や「今みんなに伝えたいこと」を聞いてきました!
【背景】小さい頃の体験談

いつまで海外にいましたか?

小学校4年生までです。

上海のインターナショナルスクールに通っていた小学1年生当時、英語が喋れなくて苦労していました。

私の家族は全員日本人なので、家では日本語を喋っていました。そのため、周りに日本人がほぼいない、かつ全員が英語を喋る環境は初めてでした。

暮らしていたのは少し変わった場所で、上海だけどヨーロッパやアメリカの人たちが集まる場所でした。

いろんな国の人が集まっていますが、皆さんお喋りはできていましたか?

はい。そこはインターナショナルスクールで、全員英語という共通言語で話をしていました。

他に英語が喋れない人はいましたか?

一人だけいたかもしれません。しかし、そもそも自分が誰とも喋れなかったので、当時の私はそこまで目が届きませんでした。

それ(誰とも喋れなかったこと)で悲しかったことはありましたか?

正直、つらかったことは覚えていますが、他のことは何も覚えていません。

授業中は、先生の言ってることが全然わからないからつらくて。特に初めの3~4ヶ月は、学校に着いても、寝て・起きて・帰るみたいな生活でしたね。

でも5ヶ月目くらいから、先生が英語の授業内で、私専用の方法で教えてくれるようになりました。

例えば、先生が私に犬のイラストを見せながら「ドッグ」と言い、私は「あ、これはドッグなんだ」とわかるような感じです。

しかし、上海の学校ではあまり英語は喋れませんでした。その後通うようになった香港の学校で、少しずつ英語で言葉を発せるようになりました。

何がきっかけで、英語で言葉を発せるようになりましたか?

意外とスポーツかもしれません。

部活みたいなものに入りました。 英語は全然喋れないけれど、一緒にスポーツをするうちに仲良くなって、僕はそこそこ運動神経が良かったから(スポーツも)できるようになって。 それで「友だちとしゃべりたいかも」と思い、だんだんと英語を学びたくなりました。

もしくは、垂れ流しのようにずっと聞いていた会話や、絵本の影響かもしれません。絵本は英語を学ぶ上で結構良かったと思います。

漫画、コミックテイストの絵本は、すべて英語なので、最初は意味がわかりませんでした。 しかし、純粋に漫画が好きだからか、読み進めるうちに少しずつ意味がわかるようになりました。

絵本の積み重ねとスポーツがコミュニケーションになりましたね。

それから、算数も学校が楽しくなった理由の一つです。

実は算数が得意でした。海外には九九の風習がないため、海外の人よりも九九ができたのです。 そのときはKUMONの算数もやっていたので、算数の授業のときだけ私は天才児でしたね(笑)。

それ(算数)が楽しいと思い始めたタイミングは、上海のときですね。

自分に自信をもてたことがきっかけで?

はい。KUMONを習わせてくれた家族に感謝です。
【困りごと】当時、海外で困ったこと

海外生活で困っていたことを具体的に教えてください。

まず、お腹が痛くなっても先生に伝えられません。

どう伝えたらいいかもわからないし、伝えていいのかわかりませんでした。 「お腹が痛くなったらこのカード出してね」という仕組みがあったらもっと楽だったかもしれませんね。「お手洗いに行きたい」も同様です。

それから、移動教室のときにどこへ行けばいいかわからなかったので、とりあえず周りについて行きました。

授業中も、先生が何を言ってるのかわかりません。

友だちがいないこともつらかったです。何のために自分がそこにいるのか、わかりませんでした。

勉強もわからないし、現実逃避するように寝ていました。

あとはお昼のときですね。食堂に行ったとき、みんなは仲良く喋っているけれど私は一人、という状態が結構つらかったです。

教室でのお昼は各自孤立してるからいいけれど、食堂のときってみんな楽しそうに喋っているから、よりぼっち感が増します(笑)。

つらかったとき、周りにしてほしかったことはありますか?

1日のスケジュールを日本語で伝えてもらうだけでも変わったと思います。

「今、何の授業を受けているのか」すらあまり分からなかったし、次に移動するのかどうかも分からないし、移動して何をやるのかも分かりません。そこにいる意味がわからないことや先が見えないことが不安でした。

そのため、「何時までこの授業なんだ」ということが手元ですぐに確認できる紙があったらよかったと思います。

教育的な配慮としてありがたかったのは、英語の個別教育をしてもらえたことです。

英語をイラストベースで教えてもらうことや、日本語と対応して教えてもらうだけでもかなり楽になると思います。

本当は、アルファベットから教えてもらいたかったです。例えば、アラビア文字で授業が進むことをイメージしてください。アルファベットは記号にしか見えませんよね。

小さいときは小学校1・2年生くらいでしたが、先生もさすがに「アルファベットはできるだろう」と思いますよね。

「わからないがわかる」というのは難しいですね。

みんながわかってくれてたら、何か変わったかもしれないですね。

親に対して思うことはありますか?

親が厳しい環境に投じてくれたからこそ今があるし、インターナショナルスクールに通わせてくれたことはかなり感謝してます。そこはブレません。

人の多様性や、日本の学校にはないダイバーシティについて知れました。

配慮としてありがたかったのは、私が家に帰ってから、たくさん話を聞いてくれたことです。

誰とも喋れない・誰も聞いてくれない環境や家に帰っても孤独だったとしたら、かなりしんどかったと思います。配慮していたかはわからないけれど、私からしたらいい配慮だったなと思います。

家に帰ると、お母さんがいて、話を聞いてくれる安心感は大きいです。

それから、KUMONをやらせてもらえたことは結構ありがたかったです。KUMONをきっかけにして、「自分にもできることがある」って少し自信がついたので。

友だちからの配慮としては、(例えば)イラストに対して友だちが認めてくれるとか、そんな些細なことで良いのかもしれません。

喋りかけるだけでも良いと思います。無視されるのはしんどいので、英語がわからなくても喋りかけてくれる・ボディーランゲージでコミュニケーションを取ろうとしてくれるだけでも孤独感は変わります。
【合理的配慮】声をかけるなら

昔の自分に今、声をかけるとしたら何と言いますか?

つらいよなって共感します。 今めっちゃ寂しいし、よく分かんないし、しんどいよなって伝えます。

自分に似てる状況のお子さんや親御さんに声かけるとしたら?

その子と一緒に遊ぶ時間を作ってあげます。声をかけるよりも、その子が話せる形で寄り添って、一緒に遊んで、「この人は味方でいてくれる」と思える存在でありたいです。

自分から何かしてあげたいです。例えば、話をたくさん聞いてあげたり、得意なことがあったらそれを褒めて伸ばしたり。

親御さんに対して声をかけるとしたら、何を伝えますか?

まずはお子さんと一緒に時間をたくさん共有して、それから強みをしっかり褒めてあげてください。

なぜなら、お子さんは今、学校で大きな無力感や低い自己肯定感を持っているからです。

だからこそ、小さな自信をきっかけにして、学校で他の子とコミュニケーションを取れるかもしれません。

そういう意味でも、家ではたくさん話を聞いてあげる・たくさん時間を共有する・褒めて伸ばすことを意識してください。

簡単なことでもいいから、すごいと思ったことは素直に褒めてほしいです。

親の協力はかなり必要です。場合によっては、先生の協力も必要かもしれません。

もしこの記事を読んでいる人が同じ悩みを持っていたら、連絡してもらえたらと思います。
- 同じ境遇の人へ
つらくても寂しくても一人じゃない。孤独じゃないことを知ってほしい。 - 身近な人(家族・親友・恋人)へ
できる限りたくさんの時間を共有してほしい。話を聞いて、褒めて、寄り添ってあげてください。 - 周囲の人へ
ボディランゲージでもいいから、言葉で会話ができなくても喋りかけてみてほしい。そして可能ならば、「わからない」ということをわかってあげてください。